百姓日誌

福津農園 Day187 種まき、稲刈り

10月18日(火)晴れ

今日も早起きして読書。朝ごはんを頂いたら作業へ。

鶏の水を替えて、緑餌用の草を取る。今日は駐車場脇の黒豆畑の西側のカラムシ。

草を取りに行くときは目に入らなかったけれど、取り終えて鶏小屋へ向かう途中に目に入ってきたのはハヤトウリ。

今頃になってツルを伸ばし始めて小さな実もついてきた。今年はダメかな~なんて話をしていたけれど来年の種用になれるかどうか、これからの成長を見守る。

鶏のお世話が終わったら、種まきをしていく。ほうれん草、春菊、ニンジンを蒔いていく。

まずはほうれん草から、先日定植したブロッコリーから80cmほど離したところにロープを張って備中鍬で土をほぐしていく。

1cmほどの溝を作って、種をパラパラと蒔く。ほうれん草の続きに春菊の種も。

その隣にまた80cmほど離してニンジンの種を蒔く。

鍬で土をほぐしているとミミズがよく出てくる。ミミズをよく見ていたら糞をしていた。ミミズが糞をするところなんて初めて見た。なんだか分からないけれど自分的には異常に興奮した。

さらにその隣に春菊の種を蒔いて、種まきは終了。

白菜もますます大きくなってきた。元気に育ってくれていて嬉しい。

昨日運んだ稲架掛けのための「なる」と足。

と午前中は種まきで終わった。お昼を食べて、最近手に入れたフィルムカメラZenza Bronica S2を持って農園を撮影しにでかけた。

そこにある風景がフィルムに焼き付いて、それが写真になることってすごい不思議なことだ。その原理がいまいち分かっていないのだけれど、写真を取る時シャッターボタンを押すと一瞬(決められたシャッタースピードで)光を取り込むためにシャッター幕というのが降りて、また閉じる。モノを写すというより、そこにある光を写しているということなんだよなと、自分は光のなかに何を見ているんだろうと不思議な気持ちになった。当然夜の暗闇の中ではモノは見えない。光がなければそこにあるということも分からない。むしろそこに存在しているのかも怪しい。光との関係の元にそこに存在することができているのか?光がなければそこにないも同じ?

と写真の不思議な世界に迷い込んだ。そんなことをしているうちに昼休みは終わって、午後の作業へ。珍しくダイちゃんが近づいてきて頭を触らせてくれている。

作業は田んぼの稲刈り、池の西側の四角い小さい田んぼは池から染み出してきた水で未だにグチャグチャでバインダーが入れないということで1/3ほど手刈りしていく。

その間に政満さんが真ん中の田んぼをバインダーで作業していく。

田植えの時と変わりないくらいの粘り気を持った泥に足を取られながらなんとか乾いた大地まで刈り取って、残りはバインダーで刈ってもらった。

刈り終わった真ん中の田んぼ。

一番奥の小さい三角の田んぼは稲架掛けが終わった。

その後暗くなるまで、真ん中の田んぼの稲架掛け作業をしたけれど終われず明日の作業となった。

妻の実家の田んぼの稲刈りを手伝ったことがあったけれど、そこでのやり方よりもこのやり方のほうが随分楽に感じた。青森には太い竹がないから(ないと思っているが…)手近にこういう素材があるなら利用してこういう風にやるのもいいなと思った。妻の実家の田んぼをやってくれている親戚の方はやっぱり自然乾燥の方が美味いと言って手間はかかるけれどずっと天日干しを続けている。

機械によって効率的になっていくのもいいけれど、昔ながらの知識や技術は知っておいた方が何かと役に立つだろう。色んな地域に継承されているそういったもの、自分の地元のそういったものをちゃんと分かっていなく、あらためて知りたいなと思うようになってきた。

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Kazuki

サルサLOVER→農業研修生
赤石家のカズです。
2022年3月から農業の研修を開始!
誰かの役に立つかは分からないけど、困ってる自分を助ける。
他のだれかも同じことを思ってるかもしれないと思いながら。

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