KAZUKIの雑記 百姓日誌

福津農園 Day245 豊橋有機農業の会 朝市 その42 と餅つき会

福津農園 Day245 豊橋有機農業の会 朝市 その42 と餅つき会

12月29日(木)晴れ

起きたら溜まっていた日誌を2日分書こうと思っていたが28日の日誌が予想しないほど(というほどでもないけど)膨らんで時間がかかってしまった。1日分を書き終えて朝ご飯の時間になった。今日は朝市があって出発が早い。と言っても会社務めする人達よりはずっとゆっくりなんだろうけど、福津農園的には早めの出勤だ。

年末ということでコンニャクをたくさん持ってきた。今年は夏の暑さが酷かったせいかほとんどのこんにゃく芋は腐ってしまったか何かで姿を消した。唯一木の陰のそばや日陰に生えていたコンニャク達だけが猛暑を切り抜けて生き残った。

太陽の光は植物にとっても人間にとってもなくてはならないものだけれど、その度合いというのがとても重要だ。強すぎても弱すぎても悪い影響を与える。ジェームズ・ラブロックのノヴァセンでもたしか言っていたけれど太陽は膨張し続けていてその温度も上がってきていると今後太陽の温度が上がり続けると人類が脱炭素や温暖化の抑止を叫んだところで太陽の動き自体を止めることは叶わない。まさか太陽を爆破するわけにもいかないだろうし、その逆に冷却するという方法を思いつかないとも言い切れないか。想像できることはほとんど実現させてきた人間の脳には恐るべき力がある。SF小説や映画のようにそんな技術が発明される未来もあるかもしれない。

すべてが網の目のように繋がっている自然をコントロールすることはとてつもなく難しい、どこかをいじくると思わぬ箇所に歪みが起こる。小さなことで考えれば山の木欲しさに一部根こそぎ切り払ってしまえば、大雨が降った後に起こるのは土砂崩れだ。ダムを作ったり、川をコンクリートで固めることで水を支配できたように思うけれど、冗談の様に数百年に一度という雨が毎年降るようになってしまえば、山を削ったことで流れる土砂や大量の雨がもつ力がダムを破壊してしまうだろうし、流れ出してしまったものは川を下って下流に築かれた堤を乗り越えて自分達の生活に大打撃を与える。

コンニャクからなんでそんなところに思考がぶっ飛んでいるのか理由が分からなけれど、コンニャクは年末に重宝されるらしくあっという間に売り切れた。水菜もカブも、いつもは敬遠されがちが大きな白菜もお客さんのもとへと旅立っていった。

今年最後の朝市を終えて向かったのは旧門谷小学校。ラパンエパンのあけみさん、ままごとカフェのトラさんが餅つきをするということで参加させてもらった。毎年29日に餅つきを続けてきて10年ほどということらしい。お餅が欲しい人はもち米を持参して、自分の家の分を皆の力を借りてついてもらう。一人じゃ餅つきはできないし、核家族化している現代で自分の家の分だけをつくのに杵と臼は必要と感じないから機械でついちゃうだろうし、その前に買ってきて済ませちゃうか。

色んな人が集まって餅をつく、だけ、なんだけど餅つきを理由に人が集まれるって何だかいいなと感じた。つく人と返す人、色んな人と交代しながら餅をつく、つかない人もいるし、持ち寄った食べ物を食べながら、焚き火にあたりながら話をする人達もいる。昔はあった集まれる場所が失われてきたけれど、こんな集まれる場所っていうのは今後また必要になってくる。自分もそんな「場所」を作っていきたいなと思った。

今まではサルサでそんな場所を作って来たんだと思うし、今は一時的に離れてしまったけれどサルサで知り合った人達同士でほそぼそとではあるけれど「集まれる場所」は維持されいるのだと思う。自分は去ってしまったけれどそんな場所が維持されるというのが一番いい形なんだと思う。サルサは誰のものでもないからこそ誰かのものでもある。自分自身もまた戻れる場所であったらいいなと思うし、自分にもそんな場所が必要だ。

また学びたいことが増えてきてしまっていつ戻れるんだと自分に突っ込みたくなるけれど、サルサでも農業でも〇〇でも餅つきでも、いろんなモノ・コトで集まれる場所は作れる。自分が子供の頃友達と一緒にだれもこれないような斜面の一部を秘密基地だと言って遊んでいたように、ひっそりと取り組んできたことを使って小さな秘密基地をつくることはとてもワクワクする。

オープンでクローズな曖昧でふわふわとした秘密基地が必要だ。さらりと出ては入ってこられる安心できる場所、そんな場所にいられる自分はどんなであればいいのか?いつも自分のあり方が問われる。いろんな人のあり方に触れて自分というものがますます分からなくなってくる。みんなでもあるし、みんなでもない、考えれば考えるほど自分は溶け出して曖昧になっていく、境目があるようでない、始まりも終わりもない、巡り続けるだけのこの世界に生きるとは?

モチニケーションを楽しんだ後は近くの温泉に入って帰ろうと思って向かうも、駐車している車が見当たらない、まさかの休業。そうだよな自分達が休みでゆったりと温泉で、なんて考えるように働く人達もゆったりと温泉で、と思うよな。やっぱり私はあなたで、あたなは私。なのか?

ここまできたら温泉に入らずに帰れるか!となぞの意地にとらわれて、探したのは先日の収穫祭で行った東栄町にある温泉だった。グーグルでチェックして確実に営業していることを確認して向かった。

妻と研修生の子と一緒にいって、「じゃあ16:00ころに」ということで温泉に入っていると時間の感覚は薄れ、ふと時計を見ると17:00。「!!」これは急がねば!と慌てることもなく少し冷めた体を温泉で温めてから上がって、廊下で待っている妻の元へ。幸い館内は床暖も空調も万全のため寒い思いはせずに済んだということだった。「あとちょっとで、お風呂で名前を呼んでもらうところだった」と一言、心配性な妻を心配させてしまった。突飛な行動をとる自分に翻弄されながらもよく一緒にいてくれる。有り難いことだ。

自分にとっては全然驚きにあたいすることではないけれど、これからも彼女にとっては驚きの連続が待ち受ける。

今年も残すところあと2日、明日は餅つきだ。

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Kazuki

サルサLOVER→農業研修生→木こり見習い
赤石家のカズ
2022年3月から農業の研修を開始!
2023年4月木こり見習いになる。
福津農園での農業研修を終え次なる目的地へと旅立つ
実践の記録と日々感じたことや何かを綴る日誌。

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