木こり日誌

新城キッコリーズ Day33 道作り、森は人の数だけある

新城キッコリーズ Day33 道作り、森は人の数だけある

5月16日(火)晴れ

朝、なかなか起きられない。と言ってもお弁当を作る時間はあるのだけれどゆったりした朝の時間を過ごすというところまではほど遠い。お弁当を作って、朝ごはんを食べて、コーヒーを急いで飲んで、身支度を整えて出発する。

朝のポッドキャストでたまたま「あなたは朝型ですか、夜型ですか」というコラムの朗読を聞いた。どうやら遺伝子によって決まっているから変えるのはなかなか難しいようだ。遺伝子と言われたなんだか「運命で決められている」ような気がして釈然としない。最後の方で、今の社会はどちらかと言えば朝型人間に合わせた時間になっているということを言っていてなるほどと思った。確かに朝は8:00スタートとなると朝起きられない人にとっては結構つらい。

今の社会の型に人間を当てはめていこうとするとおかしなことになってくる。どちらかと言えば様々な人間が生きやすいように社会が合わせるなり、寄り添うことが社会というものなんじゃないのか。なんて思ったりした。

今日は引き続き井代の森で木を伐っていく。作業場へ向かう途中に雨が降ったあと小さな沢になる場所がある。それが道を横断していて、今は水がパイプの中を通るようにしてある。以前は「洗い越し」と言ってそのまま道の上を水が通るようにしてあった。洗い越しって初めて聞いた。

近くの法面が少し崩れているけれど、それを木の根っこが土をガッチリと掴んでそれ以上崩れるのを防いでくれている。ヒノキより杉の方が根を張る力が強いそうだ。杉は暗いところで育つと「気根」というものを地中ではなく地表に出ているところから出す。

そのまま奥へて進んで行く。木を伐って出してくるために新たに道を作るということでその場所を選定する。

どういった場所がいいのか、それは地形だけが知っている。木の生えている位置や地質、岩盤がありそうか、地形、できたらまっすぐに通したいけれどどの木を残すか、作業はしやすいのか、様々な要素が絡み合ってその中から選び出していく。もちろん作業しながら状況を見極めて変わっていく。

近くの枯れ木を伐るか伐らないかの話のときに、急に倒れて危ないから伐るけれど、ヨーロッパでは森の中に枯れ木を20%残すそうで、それは枯れた木に虫がやってきてそれを食べるために来る鳥のために残すらしい。

何を考えて森を作るかでどんな木を伐るのか残すのかはだいぶ変わっていく。お金にしたいと思えば良い木だけを伐って、残るのは細い木、曲がった木とかだけになる。そうすると森に足を踏み入れた人の目には奇怪な森に見える。人が訪れて気持ちいい森にすることを考えるなら斜めになってるき木や枯れ木などを伐って、太くて真っ直ぐな木でも伐らないで残しておくことでそこを訪れた人は100年前の木を見ることができたり、綺麗に立ち並ぶ木達をみることができる。

人の数だけ森はある。手入れが行き届かなかった森もその一つなのだろう。

道を作る場所が決まって、そのために木を伐っていく。

午前中はその木を出して終わった。お昼を食べて午後の作業へ。

午後も引き続き伐った木を出すのと以前伐った木を出していく。木を出すときに今立っている木を傷つけないよう根元に伐った木をあてがっておく。メモメモ。

今日も林内作業車でなん往復かして木を出していった。夕方には道が少しできていた。

帰りはハラ農機によってい色々と用事をたして戻ってきてチェーンソーの手入れをしたりなんだりしていたらあっとういう間に20:00、シャワーを浴びてご飯を食べて就寝。一日の時間が過ぎていくのがなんと早いことか。

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Kazuki

サルサLOVER→農業研修生→木こり見習い
赤石家のカズ
2022年3月から農業の研修を開始!
2023年4月木こり見習いになる。
福津農園での農業研修を終え次なる目的地へと旅立つ
実践の記録と日々感じたことや何かを綴る日誌。

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