KAZUKIの雑記 百姓日誌

福津農園 Day171 ニンニクを植える、そして収穫

9月29日(木)晴れ

日誌を書いている今日は10月1日。木曜日は時間がとれず、金曜日はのんびりして木曜日の日誌は休みの土曜日になった。

すでに記憶があやしい、何をしたんだろう?と思い出してみるも断片的にしか思い出せないけれど写真が残っていてそれを見返すと木曜日に自分がたどった軌跡が見えると共におぼろげながら記憶も蘇る。「目の見えない白鳥さん」が言っていたけれど「過去の記憶は常に上書き保存される」と今思い出したことは「今思い出した記憶」としてまた保存される。自分の場合は良い悪いもあまり記憶に残っていなくて(脳のどこかには格納されているのかもしれないが…)あまり過去を思い出さない、思い出せない、というかあまり過去に未練がないというのだろうか、とにかく記憶が曖昧すぎる。

いつからなのか分からないけれどそんな感じだ。今始めたことはとにかく頑張る、その場の型に填まるようにして、そうすることでどんなことでもすぐに慣れる気がする。そこで繰り返されてきたルーティンのようなものに自分から組み込まれていくそんな感じかな。小学校のころに「風光る」という野球漫画の中で野中ゆたかという主人公がいて、彼はプロ野球選手のモノマネが上手でピッチャー、バッターとして活躍していく。そしてゆたかや彼に触発されて部員が成長していきついには弱小だった多摩川高校野球は甲子園まで行くというストーリーだった。

その漫画を読んで自分もプロ野球選手のモノマネにはまって野茂英雄、桑田真澄、山田久志と真似をして昼休みに野球ごっこをして遊んでいたなと曖昧な記憶が蘇る。思い返してみると(そういう風に意味づけをしているだけかもしれないけれど)真似をするというのは自分の原点なのかもしれない、漫画のキャラを真似して書くもしかり、というかこれはだれしも通る道か?オリジナリティというのには乏しい、それは今でも同じでこれが自分のオリジナルです!と言い切れるものはないな。だれかがやってきた何かを踏襲するという行為を通して自ら型に填まっていく、填まりきったところでまた違う型に填まっていく。サルサを覚えていく過程もそうだった、ある時だれかに自分の師匠に似てるなんて言われた。だれかに似てると言われると嫌な思いをする人もいると思うけれど、自分はそうでもなかった。そうですかね?なんて言いながら「そこまでできるようになってきたか」と内心嬉しい気持ちなっていた。

似てると言われることは尊敬している人物(生き方、踊り方、話し方、弾き方etc)のどの部分に近づくか、近づきたいかは人それぞれだとは思うけれど、そういうものに近づいていくということになる。何の真似でもなくまったくのオリジナルというものをゼロから生み出す人もいる。そういう人は世界を変え、時代をつくっていくかもしれない。でも自分はそういう風になっていなかったみたいで、真似をして型に填まって、でも窮屈でそこからスポッと抜けてこっちの型はどんな感じがするのかな?なんて思って型に填まること自体を楽しんでいるかもしれない。

人は一度型に填まったらその型から抜け出ることが意外と困難だ。ケーキのスポンジ生地みたいに最初は柔らかくて型に填まって行くのが簡単だけれど、その中で長い時間熱に耐えている間にすっぽりと型に填まって抜け出せなくなって、だれかに、何かで取り出してもらえなければ出られなくなったり、抜け出たとしてもその形を変えることが難しくなったりする。

色んな型に填まれる、真似をするということは水のように流動的で不安定な印象がある一方、いろんな形になれる、色んな場所に流れ、その中にいろんなものを取り込むことができる。水のように柔軟でいたい、時には悪いものに染まることもあるかもしれないけれど色んなところを流れるうちに浄化される。水はどこかに留まることをしらない、動かない水はたちどころに腐敗していく。溜まった水でも他の生物が活動することで動きが生まれて腐敗することはないが、水はいつも空から落ちて大地に染み込み、植物たちがそれを利用して余ったらまた空に返したり、流れた水は小川や大河となってそこでも生物を生かして、海に注ぐ。そしてまた空へと流れていく。そんな風にして自分たちの周りをグルグルと回っている。

自分は水か。

とそんなことを考えている場合じゃなかった。木曜日の朝ごはんの時間に戻ることにしよう。ご飯を食べたあとは鶏のお世話へ。その前に玄関の前を通りかかるとキャベツの芽が数個出ていた。

鶏たちも水を欲する。そうみんな水を欲するのだ。

あとは緑餌をやり、鶏の世話を終えた。その後はニンニクの植え付けをする。まずは6月に収穫して干してあったしたニンニクをばらしていく。

そして、一番外側の乾いた皮だけを取る。なるべく大きいものを選んでいく。

ニンニクの薄皮がついた状態というのだろうか、がついた状態にしたら準備完了。

ゴマを植えていた場所のすぐ脇を備中でほぐしていく。全部で4列。

ニンニクの尖った方を上にして土に押し込む。頭の上に少し土がかぶる程度の深さ。株間は15~20cm程度。

全部置いていったら、土を被せて足で踏んでいていく。

1列86個×4 個分のニンニクを植えた。

ニンニクを植えると同時にすだちの収穫をして、帰りにポポーを収穫して戻った。

色んなところにバラマキで作った大根やカブが大きくなってきた。

午前中の作業はこんなところで終了。

午後は収穫。その前に収穫できそうな小豆を採っていく。クリーム色、茶色っぽくなってきたものをとっていく。

畑にほとんど野菜がなく、ちょうど端境期。自分は柿の収穫をする。

緑、黄、橙、そのあいだのなんとも言えない色が水玉模様のように浮かんでいる。

収穫が終わったあとは袋詰をしていく。今週は栗がたくさんとれたのでそれを詰めるのに時間がかかった。まずは栗を磨く、はぁ~っとは息を吹きかけないが輝かせて。

ペットボトルにネットをセットして計ってを繰り返していく。

しめて20kgほどの栗を詰めた。その後に残っていた野菜の準備を終えた頃には21:00、妻は途中で夕ご飯づくりへ行っていた。作業が終わるのと夕飯ができるのが同時だった。夕飯を食べたらシャワーを浴びて就寝。

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Kazuki

サルサLOVER→農業研修生
赤石家のカズです。
2022年3月から農業の研修を開始!
誰かの役に立つかは分からないけど、困ってる自分を助ける。
他のだれかも同じことを思ってるかもしれないと思いながら。

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