4月3日(日)雨
昨日の夜から雨が降り続いて、朝も起きたら雨の音が。外にでるとそれほど強くはない感じがした。
今日は作業がないかもなと思いながら、朝ごはんを頂いて、鶏のお世話にいく。久しぶりにカッパを着る。カッパを通して響く心地いい雨の音をBGMに飲水を替えて、緑餌を与えていく。
こちらに来たころにはまだ手のひらに収まるくらいのひよこ達はけっこう大きくなってきた。キャベツの葉っぱをあげるとムシャムシャと勢い良く食べ始める。
今日は外での作業はなくなり、室内で黒米のなかに紛れている籾を選別することになった。
黒米と他のお米が交配したのか、同じところから刈り取ったお米のなかに紛れてうるち米がちらほら、このまま同じ籾で苗を作っていくとうるち米の量が増えてくるかもなぁと話していた。
こんな時代だからこそ、晴耕雨読な農業スタイルをもう一度取り戻してみるのは良いのかもしれない。働き詰めでどこへ向かっているのか分からなくなってしまっている人には、雨という自然からの贈物で一時停止する時間も必要なのかもしれないななんて思った。
それぞれの場所、それぞれの地質、それぞれの環境のなかで実践していく農業のスタイルというのは変わっていく、もちろんどんな風に生きていきたいのかという思いも加わって人それぞれの農業スタイルができあがっていく。何を学んで、何を学ばなかったのかは実践していく中でまた自分が掴んでいくもの。何かを見落としている、何か間違っているかもと思ったらまた学び直したら良い、誰かを批判することにはさほど意味がない気がする。
植物も、虫に食べられたり、天候に影響を受けたたりして上手く育ったなかったとしても、またその場所で朽ちて次に育つものの肥やしになる。同じように人間も間違いを肥やしに成長していくことができるはず。これがないなら、あれを利用して、あれこれ試すのが人間という生き物、創意工夫できるのが人間の強み。
今日はひたすら選別作業を続けて一日が終わった。