KAZUKIの雑記 百姓日誌

福津農園 Day43 種籾蒔き

5月4日(水)晴れ

今日の朝も暖かい。まずは大ちゃんにおはよう。

暖かい日は日向ぼっこしたくなるのは人間も犬も一緒。

鶏のお世話はTさんにお任せして、今日はうるち米ともち米の種まきをする。

田んぼの一部の草を刈ったところに、先日作った苗作り用の土を敷き詰めたトレーを並べていく。最終的に種を蒔いたトレーはこの場所に置いたままにする。その時、下が草が生えていない土の状態だと、稲を枯らしてしまう微生物がトレーの土の中に入り込んでしまうらしい。それで今のかたち、草を刈って枯らした状態にしてからトレーをその上に並べておくスタイルになったらしい。

せっせとトレーを運ぶ。

全部で30枚のトレーを運び終えた。右側10枚にもち米、左側20枚にうるち米の種籾を蒔いていく。

水をしっかりと撒いていく。表面に水が溜まるくらい水をかける。大体3回くらい水をかけると土全体に十分に水が行き渡る。

ここでしっかりと水をまかないと土が乾いてしまい上手く発芽しない。苗半作(なえはんさく)と言うことばあるそうで、苗のできでお米のできの半分が決まるということらしく重要な工程の一つだ。

下準備が終わったら、広田産業株式会社の種まき機で種を蒔いていく

先日水からあげておいた種籾を中に敷き詰めて

トレーの脇にレールを置いたら、その上をコロコロと転がす。

こんな感じで全体に種が落ちる。福津農園では一般的に蒔かれる種の数の6割ほどにしている。これでも十分多い感じがするけど、大きくなったときはギュウギュウ詰めか、と想像してみた。

機械(アナログな?)で撒くと隙間ができる。空いた隙間に手で種を蒔いていく。

水を蒔いてウォータベット(寝たことはないけど)さながら、フカフカの土の上に横たわってなんだか気持ちよさそうな種達。蒔き終わったら、皆で玄米(籾が採れてしまったもの)を拾っていく。玄米はそのままにしておくとカビがはえてしまうらしい。

全てのトレーの玄米を拾い終わったら、種まき機に育苗用の土を入れて(これは本来の使い方ではないらしく、別に覆土用の似ているかたちの機械があるらしい)1cmほど土がかぶるくらい繰り返していく。

最後にもう一度水を掛けたら種まき完了。

ミラシートを掛けて、ネットを被せる。

1週間ほどで芽が出る。まずは10日間はこの状態で放置しておくとのこと。

次は、唐辛子と天狗なすの種まきをする。以前蒔いた天狗なすの芽の出が悪いらしく再度蒔いていく。手順は以前と同じ。

それぞれ全部3粒づつ蒔いて

上から土を被せて指で押さえたら終わり。

午前中の作業はこれで終わり。お昼ごはんを食べて、しばし昼寝。

午後の作業一発目は、育苗用の土作り。3人で作業すると早い。

袋に詰めて完了。

作業していると大ちゃんがふら~と近寄ってきた。普段はあまり頭を触らせないのに、撫でるのをやめると「もっとくれ~」とさらに近寄ってくる。かわいい。

次は、農園の周りの電気柵の点検。伸びてきた草を刈ったり、落ちてきた枯れ枝を払ったりしながらぐるりと一周。

スギちゃんの好物、アオキを切って持っていく。戻る途中はすっかりワラビ畑になっていた。けっこう採ったと思っていたのにこんなにも残っていたなんてビックリした。

たくさん採ってきたので、3時のおやつにどうぞ。

まだまだ日は長い、時間は十分にあるということで、鶏小屋のそばの斜面とソラマメの間の草刈りをする。

これにて今日も一日終わり。普段は外界から隔離されたこの農園で、ありがたいことに生きることを心配しなくても良い環境の中で日々学ばさせていただいている。もちろんストレスフリーだ。ある意味新しい環境、学ぶということは脳にストレスがかかっているかもしれない。

やるべきことはあるけど、ああしなきゃいけない、こうしなきゃいない、という気持ちからは開放された状態でいられる。この作業はどんな結果をもたらすのか、これをする意味はなんなのか?この環境にたいしてどんな影響があるのか?と少しずつ考えるようになってきている。

周りに住宅が立ち並ぶ環境にいると、この世界は人間だけの世界ではないということをついつい忘れがちだ。たまに行く自然ではなく、生活していくための環境としてこの自然の中に身を置くということは考え方を大きく変える効果があると思う。どんな場合でもそうなのかもしれない、キューバという環境で生活したことも自分を変えることに一役買っている。

多様性、多様性と人間同士の中で叫んだところでなかなかピンとこない、けれども生物多様性というもっと大きな枠で考えた場合には、虫も動物も植物もなんなら人間も動物の中に含まれ、全てのことを認めようとしなければならない。虫のなかにも悪い虫、良い虫(人間から見た場合)がいるし、同じく動物にも植物にも。彼らは人間に対して害をなそうとしてるわけではなくて、生きていくために必要なことをしている。自らの生存、種の繁栄はもちろん大事なのだろうけど増えすぎると自然界の調節能力が働き淘汰されていくらしく、このあたりの詳しい話は、まだ読んでいないけど、この本に書いてあるらしい。

人間は害をなす虫や植物が増えすぎると駆逐するために薬をまいたりする。そして生きていくための、子孫を残すための食べ物を手に入れられる。豊富に手に入れるために様々なものを使っていく。でもそれも長くは続けられず、最終的には生態系、地球環境を自らの手で乱して回り回って、増えすぎる害虫、腹をすかした動物、自然災害によって人間は駆逐されていってしまう。

言葉だけの多様性なんかよりも、生物多様性の環境に身をおくことほど学びになることはない。家族、地域、国、地球、小さな単位の中では解決しがたい問題もあるけれど、小さな変化がやがて大きな変化に変わっていくことも事実としてある。

人間同士の多様性を認めるためには、身の回りにいる物言わぬ生物との付き合い方を考えることがとっかかりとしてはいいじゃないかなんて思った夜の11:20。

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Kazuki

サルサLOVER→農業研修生
赤石家のカズです。
2022年3月から農業の研修を開始!
誰かの役に立つかは分からないけど、困ってる自分を助ける。
他のだれかも同じことを思ってるかもしれないと思いながら。

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